鼻毛とVRと、彼女の優しさ
元カノは、僕の鼻毛にとても厳しい人だった。
会うたびに言われる。
「ちょっと、鼻毛出てない?」
「ちゃんと切ってる?」
ある日、また同じことを言われて、 洗面所の鏡の前で鼻毛を切ることになった。
ところがこれが、地味に難しい。
鏡を見ながらハサミを持って、角度を探して、
「これ、ちょっとズレたら普通に切るよな……」
と慎重にならざるを得ない。
作業をしながら、自然と考え始めてしまう。
「鼻毛切りって、思った以上に高難易度じゃない?」
「視差があるから、距離感が微妙に狂うんだよね」
「こういうとき、立体視って本当に重要」
「VRで鼻毛トリミングできたら、完璧なんだけどな」
完全に技術寄りの思考になっていた、そのとき。
「もう、貸して」
彼女はそう言って、僕の手からハサミを取った。
少しだけ嫌そうな、正直すぎる表情をしながら、
何も言わずに僕の鼻毛を切り始めた。
僕はそのまま、じっと動かずにいるしかない。
その瞬間、分かった。
鼻毛をどうやって最適化するかを語るより、 黙ってハサミを取る人のほうが、圧倒的に強い。
どんなにVRの未来を想像しても、 現実で世話を焼いてくれる人の行動には敵わない。
鼻毛一本で、そんなことを学んだ日だった。